※2026年本屋大賞ノミネート作品
熟柿──まず、読み方がわからなかった。じゅくがき、うれがき、あるいは単語で別の読み方があるのか、はたまた創作の世界ならではの当て字で読ませるのか。その謎は、6ページ目で解けた。「じゅくし」と読むらしい。ご丁寧にルビが振られていた。
第六感はあたる
ぼくが買ったこの本の帯にあらすじは一切書かれてなかった。裏表紙側に子どもとの再会に関する記述があるのだが、本を読む前には目を通していない。つまり、前情報が何もない状態で、なおかつタイトルの読み方すらわからない、わかっていたとしても、あらすじや話の方向性がなにもわからないまま、スタートしたのである。
ただ、なんとなくの雰囲気で、ポップな明るいハッピーエンタメ作品ではないと察した。それこそ「熟柿」の読み方がわかった6ページ目あたりで。これは今までの読書で培った第六感だろう。その第六感は、ほどなくして確信に変わり、実際のところあたっていた。
設定そのものは、現在から過去を語っている形式。登場人物は多岐にわたるけれども、「半径数メートルの範囲+遠縁も含めた家族」ということもあり、複雑怪奇な難読物ではない。だからこそ読み進めることができてしまい、しんどさが増している可能性は否定できない。「よくわからないから、もういいかな」と諦める隙を与えないのである。巧妙に佐藤正午の、そして熟柿の世界に引き込まれていたのである。
不穏だけど読み進めてしまう世界
読了までの間、主人公の気持ちに一切、共感できなかった。読了時の気持ちは「やっと終わったか」「しんどかった」という2つ。だからといって本がつまらなかったわけではない。共感はできないけれども、しんどいけれども、読み進めたくなるのは筆力が高いからだろう。読後に残るのは、怖さや喜びではなくて、うまく言えない違和感だ。
ずっと不穏な空気が醸し出され、救いがあるにはあるけれども、決して好転することのない限りなく黒に近いグレーな世界が延々と続いていた。読者の立場から客観的に見て、なにが正義かがわからなくなる。どこか”じりじりと続いていく不穏さ”は「黄色い家」(川上未映子/中央公論新社)を思い出させる。
ぼくは終始、不穏な感じがする小説を「黄色い家っぽい」と評してしまうきらいがあるけれども、これからは「熟柿っぽい」と言ってしまうかもしれない。それくらいには、印象に残った。
「熟柿」(佐藤正午/KADOKAWA)は、ホラーではないが不穏さを楽しめる。ハッピーではないけれども純文学的ほど重くない、エンタメだけど軽すぎない、そういった小説を読みたい方におすすめだ。

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