※2026年本屋大賞ノミネート作品
暁星──ずっと「ぎょうせい」だと思っていた。それが「あけぼし」だったなんて。思い込みとは怖いものだ。
異質な2部構成
殺人事件の犯人による手記(ノンフィクション)と現場にいた作家の小説(フィクション)による2部構成。殺人事件までの結末が、犯人視点と作家視点で描かれ、短編連作とは異なる形で2つの物語が交わっていく。普通であるならば交わるはずがない2つの物語なのだが、読み進めていくうちに少しずつ謎(ぼんやりとした輪郭)がはっきりとした形になっていく。構成の妙とでもいうのだろうか。結末を知ったうえで、もう一周したらまた違う読後感になっているかもしれない。
中編が2本。それが前後編、あるいはエピソード1,2となっている印象だ。この手の構成の本が1冊にまとまっているものは、ここ最近読んでいない。あったかもしれないけれども記憶に残っていない。
そもそもが小説(フィクション)の世界であるから、手記がノンフィクションといっても設定上であり、小説内の作家の小説は当然フィクションだ。だから読了後、自分でもパラドックスの世界に迷い込んだかのような妙な感覚に陥ってしまう。
読み終えた後の複雑な感情は作者らしさ
今の時代、令和の時代にピタリとハマる小説だった。作品が現実世界で起きた事件から着想を得ていることは、想像に難くない。Amazonのあらすじにも記されているが、新興宗教に対する恨みから事件が起きる。それだけなら、今の時代にハマるとは思わなかった。世の中の出来事が、似たような形で小説になることは珍しくない。
それ以上に”今っぽい”と感じたのが、読者に考察させる余地をたくさん残していることだ。前半の手記と後半の小説。両方を照らし合わせることで、いろいろな答えを導きだすことができる。小説が手記の答えになっていたり、手記が小説のヒントになっている。
ドラマやアニメ、小説に映画。さまざまなエンタメに対して考察が流行っている。SNS時代は“答えを受け取る”だけでなく“解釈を共有する”作品が広がりやすい。作品の中にヒントをたくさん散りばめており、読者に考察、想像させる。それを発信する読者たちによって、二次的な広がりが生まれる。
珍しくなくなった光景だが、それを意識しているのか、考察したくなるような一冊だった。実際、読後に感想や考察を探したくなるタイプの作品でもある。現実の事件や社会不安と地続きに感じやすく、さらに考察したくなる。そうした読み方まで含めて、この作品は令和の読書体験にしっくりくる。
前半は重い。それはそうだ。殺人者の手記なのだから。後半は小説だから読みやすいし、ページをめくるスピードも上がる。この2つの話、1冊の本として読み終えたときにどう感じるのかは人それぞれだろう。好みの問題だ。
小説部分の読後感がいい気もするし、いやいや美化してるけど殺人事件(小説だけど)だよ、と逆にモヤッともする。矛盾ではないけれども相反する感情が湧きあがった。とはいえ、それが湊かなえのいいところ、醍醐味と言われればそうなのかもしれない。読みやすさだけでは測れない、読後に残る“引っかかり”が魅力の作品だ。

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