初めて再読した小説が「グラスホッパー」(伊坂幸太郎/角川文庫)だった。
再読しない人間だった
筋金入りの読書っ子ではなかったけれども、子どもの頃から、それなりに本は読んできた。行儀が悪いのは承知で食事中も読んでいたし、本や新聞がなければ食卓にある調味料の原材料名を眺めていたように思う。活字がないと落ち着かない。そんな子どもだった。だからといって勉強ができたとか、国語が得意であったということはまるでない。
そんなぼくは「ズッコケ三人組シリーズ」や「ぼくらの七日間戦争シリーズ」を小学生で読んだが、中学生、高校生の頃はさして本を読まなかった。いや、読んだかもしれないが記憶に残っていない。再び、本を手に取るようになったのは社会人になってからだった。
読んではいた。でも、読んでいなかった
それまでは「7つの習慣」や「エスキモーに氷を売る」といった自己啓発やビジネス書を、仕事の延長線上で読むことが多かった。小説はあまり読んでいなかったが、2010年前後から少しずつ手に取るようになる。伊坂幸太郎や三浦しをん、東野圭吾、宮部みゆき。移動の多い仕事だったこともあり、移動中に読めそうなものを、深く考えずに選んでいたのだと思う。
「風が強く吹いている」や「アヒルと鴨のコインロッカー」、「火車」などは今でも印象に残っている。ただ当時は、物語を“味わう”というより“消費する”感覚に近かった。再読という発想もなく、結末を知った物語をもう一度読む意味が、正直わからなかった。時間の無駄だとさえ思っていたかもしれない。
それでも、忘れられなかった一冊
しかし人間は変わるのである。いつ読んだのかは定かではないが、「グラスホッパー」は読み終えた後、もう一度読み返したくなったのだ。はっきりとした理由は覚えていない。主人公(鈴木)の心情やで3人の殺し屋が絡み合う不穏な空気、そしてところどころに散りばめられるジャック・クリスピンの言葉。ひとつひとつに惹かれていた。2度読むと「なるほどな」と思える箇所がいくつかあった。新しい発見があり、深みを知った。ほんとうの意味で読書にハマった小説と言っても過言ではない。
本は読んでいたけれども、決して深く味わってこなかったぼくの琴線に触れたのである。インターネットでいろんな人の感想も読み漁った。色々な解釈があった。ぼくもどこかのサイトに書いたような気がする。大したことを書いたわけではないだろうけど、反応があると嬉しかった。バーで頼むカクテルも一時期はグラスホッパー(少し通っぽいけど甘ったるいのでたくさんは飲めない)ばかりだった。
グラスホッパーの続編である「マリアビートル」「AX」「777」も欠かさずに読んだ。どれもこれも面白かった。伊坂ワールドとでもいうのだろうか、登場人物がリンクすることもあって、読むのが楽しい。前の作品を読んでいるからこそニヤリと笑える。どれもこれも2度読むほど心を動かされたグラスホッパーのおかげである。いま振り返ると、読書を“消費”から“対話”に変えてくれた一冊だったのかもしれない。


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